漂える黄色いバルーン  逆に、比較的交通の便が良いところにあるイングランドのStonehengeやフランス・ブルターニュ地方にあるCarnacでは、立ち入りが厳しく制限されている。宗教的な意味を感じている人たちも多く、どの石にも落書きなどなく、周りも綺麗で清潔な環境が維持されている。もちろん、建立石に子供を乗せたりする不届きな観光客はいるが、ごくごく少数である。

 あちらこちらの建立石の遺跡を回ったが、僕は、スコットランドの西、北緯58度の大西洋上に浮かぶアウター・ヘブリデス諸島のメインランドとも言うべきルイーズ島にあるカラニッシュ遺跡が一番素晴らしいと思っているし、好きだ。5、000年程前に、数十人の人たちが心を一つに合わせ、一生懸命に丘の上に石を運び、自分たちの為に自分たち自身で建立したと、僕は想像する。
 最初に建立されたと言われている5メートルほどの高さの石は、その面をほぼ正確に東西に向けている。その周りには、同じような高さの石が円を描いて立つ。その後加えられたと言われる石は、ほぼ東、南、西に向かって真直ぐに1列で連なるが、北方向への石の連なりだけが何故か少し北北東にずれて、同じ間隔を保ちながら2列で、他の向きの列よりはるかに長く並んでいる。
太陽だけでなく月の動きも考えているとか、あの石とその石を結ぶ線上にある山に月が沈む時は何とか・・・・・などなど、色々な自然現象と重なる部分や仮説などが解説されている。

 それは兎も角、建立石を見ていると、そんな5、000年前の人々の直向な何かへの想いや願いが、素直に伝わってくるような気がする。ここ数年、毎年訪れているが、この丘で建立石に身を委ねると何故か心が休まるのは、そんな人々の想いを感じられるせいだろうか。
 逆に、物々しいフェンスに囲まれ、遺跡の保護をかねた入場料と、立派な公設のみやげ物屋が出来、観光地と化したStonehengeだが、その巨大さや優雅さは流石と言わざるを得ない。しかし、長い年月をかけたこの事業を成し遂げた人たちの間に、創ろうと思った人と、作ることに従事させられた人がいたのではないかと思うと不思議な感覚になる。広大な敷地の中にたたずむ巨石群は、圧巻であり、運が良ければ、朝夕の自然が作り出すショーは、一生の思い出になるほどだ。前述したような宗教的な意味合いを感じる人々が白衣を着てここに集うのも分かるような気がしないでもない。残念ながら僕には、カラニッシュのような親しみは感じられないが。

 何処の建立石の遺跡であれ、もともと、宗教的意味合いで創られたと見る学者が多いようだが、その地に立てば、何となく浮世離れし、どこか神懸かった雰囲気を感じるのは僕だけではないようだ。
この世知辛い世の中で、暫し太古に想いを馳せる時間を持つのも如何だろうか?
=第3回=         [ 写真を見る (※別窓で開きます) ]

もう十年、いや十数年前、
飛行機の中で、メキシコのテオティワカン遺跡と
スコットランド北西部にあるカラニッシュ遺跡についての
イギリスBBC放送のドキュメンタリー番組を見た。
紀元前の世界で、方位を正確に捉え、巨石文化を作り上げ、
暮らしていた人々の遺跡についてである。

T.T.

Standing Stones(建立石)


 数年前、偶然出来た時間を利用して、ふと思い出したカラニッシュ遺跡に行くことにした。

 中部イングランドから高速道路を北上、スコットランド最大の商工業都市グラスゴーを通り抜け、ひたすら北へ向かって往復2車線の一般道を走り続ける。次第に、大きな木のあまりない荒涼としたスコットランド独特の丘や湖しかなくなり、たまに見かける動物は、もちろん羊だけ。 トライアルの聖地フォート・ウイリアムス(スコティッシュ6日間トライアルの基地)を通り過ぎ、ネッシーで有名なネス湖の手前を左に折れ、スカイ島に向かう。

 朝から走りっぱなしで丸一日、そのスカイ島の北西部の港町ウィッグに着く。 そこで一泊、翌朝のフェリーで2時間ちょっと、ようやく、お目当ての島、ルイーズ島だ。しかし、ここからは往復一車線で、数百メートルおきに交差用の空き地があるだけの田舎道。町とか村とか呼べるような集落は無い。1時間ほどで、ようやく往復2車線の道に出会い、カラニッシュの標識に沿って左折、しばらく走って行くと、左手の丘の上に、数十のStanding Stone(建立石と私は勝手に呼ぶことにしている)が立っていた。

 世界に誇るカラニッシュ遺跡だが、7月だというのに、訪れる人はまばらであった。冷たい風が吹く丘の上には、5メートルはある建立石を中心に、巨石が輪のように取り囲み、その外側には、石の群れが、主に東西南北に向けて真直ぐ連なる。遺跡を説明する案内には、どのように作られたかが、憶測を交えて紹介されている。

 しかし、そんな説明より、建立石に身を委ねて、5、000年前の人たちを想う。
こんなに寒かったのだろうか?
もしそうなら、何を食べていたのだろうか?
何故ここに住んだのだろうか?
自主的に石を立てたのだろうか?
どうして? 何の為に・・・
それより、どんな人たちだったのだろう、またどんな暮らしをしていたのだろうか?

 もちろん、考古学素人の私に答えなど出る筈もないが、素人なりに思いを巡らせば、無理矢理創らされたと思うことは出来なかった。 きっと何かのために、人々が自主的に作ったのだろう。冷たい風を建立石で避けながら、創り上げた人たちを思う。 冷え切った石が人の身体を暖めることはないが、身を委ねた建立石からは人の心を暖かくする何かが感じられるような気がした。

 こんな訳の解らない魅力に取り付かれてしまったのか、その後、Arran島のMachrie Moor、スコットランドのKilmartin、オークニー諸島のStennessやBrodgar、アイルランドのProleek DolmenやPoulnabrone Dolmenなど、比較的素朴なStanding Stones(建立石群)から、世界でもっとも有名なストーン・サークル(環状列石)であるStonehengeや広範囲に亘る構築で有名なフランスのCarnac遺跡などなどを訪ねた。

 小さな島に、比較的高い山があり、イギリスでは観光名所としても知られるArran島。そこにあるMachrie Moorは、僅か7−8台しかない駐車場から、羊がたむろっている牧場の中を、いくつもの柵を越えて20分以上も歩かないと着かないし、多くの石は倒れ、少しでも天気が悪いときは、足元はずぶずぶと水に浸るが、いくつかのサークル・ストーンが放置されていて独特の穏やかさを持っている。
 10メートルほどの高さの巨大な石板風の建立石が3枚残っているStenness、数十個の2メートルから4−5メートルの高さの巨石が、20メートルくらの半径を持つ円状に並ぶBrodgarは、僅か数キロ隔てた場所にあり、非常に興味深いが、スコットランド最北端の港町サーソーから、更にフェリーボートでオークニー諸島のメインランドに行かなくてはならない。

 他も、似たり寄ったりで、一般的には僻地と呼ばれるところが多く、そのせいもあってか、基本的に建立石を間近に見られるし、触れることも自由に近い。

当然、石は何も語らない。しかし、何かは感じられるかもしれない。
何千年もの間、風や雨、そして激しい嵐、雷に打たれ、時には人間の手で破壊され、
それでも、今も静かにそこにたたずみ、存在している。
太古の人々が、心をこめて創り上げた建立石群は、
5、000年の時空を超えて、今もそこに在る。
=第3回・完=
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