漂える黄色いバルーン  ヘイデンは、ペースを上げ、再び2秒以上のアドヴァンテージを取る。 エドワーズが追う。再び離す。

 結局トップとの差は詰まらないままレースは終盤を迎えた。 ロッシが動いた。エドワーズとの差を俄かに削り取って背後に迫った。 トップは諦めたものの、チーム・メイトの後塵を拝してはチャンピオンの名が廃る。

 しかし、ラグナセカでのエドワーズに隙は無かった。 何も起こらないまま、レースは終わった。

 後から考えれば、この日のヘイデンは、見違えるように冷静だった。 好スタートから、ハイペースで後続を引き離し、途中から状況に合ったペースを見つけ、追われれば引き離し、再びペースを守る。完璧な言葉本来の持つ意味通りの「ポールtoフィニッシュ」、スタートからフィニッシュまで他の後塵を浴びることなくチェッカード・フラッグを受けた。 アメリカホンダの秘蔵っ子として優遇されてきたが、いまひとつ輝きが足りなかったが、これを機に、その持てる才能を大きく開花させ、大飛躍してほしい。

 漸く薄日が射しかけた不遇のエドワーズだが、余りにもロッシ一色のチームの中で厳しい後半戦を向かえなければ良いが、と、気の良いアメリカンが心配だ。頑張れ、テキサス・トルネード!

 一方のロッシ、後で思えば、予選終盤の必死の走行でもタイムが伸び悩んでいたのを見過ごしていた。否、そう思えないくらい、今までのロッシは強かった。 その上、唯でさえヤマハでのライディング・スタイルは、見ていて惚れ惚れするほど美しいのに、カラーリングは、20年前を髣髴とさせる黄色と黒のヤマハ・インターカラー。もう言葉が出ないほど素晴らしい取り合わせだったのだ。 30年以上GPを見ているが、ケニーとフレディーが真っ向勝負をした1983年以来の名レースと言える「2004年南アフリカGP」(コースサイドで、本当に来て良かった、とシミジミ思えた)でのビアッジとの激しいバトル以降、口での謙虚さとは裏腹に、ロッシは、すべてに自信を持っていた。たとえレースで勝てなかったとしても、それは敗北ではなく、チャンピオンへの布石に過ぎない、と思わせるほどの余裕が感じられた。 だが、今回のレースは全く違う、と言っても良いだろう。 考えもしなかったヘイデンに千切られ、同じマシンに乗るエドワーズにも負けたのだから。

 昨年の途中から、玉田が勝ったブラジルGPを除いて、面白いGPレースは殆ど無かった。 「何かが動き始めた。」そんな漠然とした期待を抱かせるに十分なアメリカGPだった。

 元世界チャンピオンに相応しい活躍が出来る実力がありながら、切っ掛けを掴めずに低迷している「あの時の男の子」は、1分10秒以上遅れて14位だった。

=第2回=         [ 写真を見る (※別窓で開きます) ]

2310 North Fremont
その交差点の角に食堂はある。
ある月曜日の朝、一人の男が家族との朝食を終え、席を立った。
すると食堂にいた客たちが立ち上がり、
口々に"Thank you, Kenny."
はにかみながら手を挙げた男は、暖かい拍手に見送られ、家族と共に店を出て行く。
拍手の音はいつまでも鳴り止まなかった。

偶然その場所に居合わせた僕としては、いくら感傷に過ぎないと言われても、
「あの時の小さな男の子が、昨日勝った。」
と書きたかったのだが。

あれから、もう20年以上の歳月が流れている。

T.T.

Grandma's Kitchenで思うこと


 当時から、一度内装が小ザッパリと綺麗になった以外、殆ど何も変わらない食堂。ファストフード店におされてか、以前のような賑わいを感じなかったのは僕だけなのだろうか? この店では儀式のように、いつも決まって同じように、なみなみと注がれたアメリカンコーヒーと"Grandpa's Omelet"。まだ完全に起き切っていない頭が、独断と偏見に満ちた色眼鏡で見た昨日のアメリカGPを思い起こす。

 それにしても、昨日のレースは久しぶりに面白かった。僕の予想が大きく外れたことも含めて。

 11年ぶりに開催された、この名うての難コースでは、当然のように、圧倒的に地元アメリカ勢やラグナセカ経験者達に有利だった。初日のベスト6に入った外人勢では、ベイリスは02年WSB第1ヒート優勝(ドゥカティ)、ビアッジは94年250で2位(アプリリア)、バロスも93年500で2位(スズキ)と、表彰台経験者であった。 一方の王者ロッシは、初日ということもあってか、珍しく午前中のタイムを更新することも出来ずに、0.741秒遅れの9位と、ジベルノーやメランドリにも後れを取っていた。

 しかし2日目の午前中、ロッシは確実に一歩前進、僚友のエドワーズを抜いて0.393秒遅れの5番手に上がる。案の定予選では、トップのヘイデンこそ捉えることは出来なかったが、2番グリッドを手に入れ、ベスト7中、唯一のラグナセカ・ルーキーとなり、その実力の程を見せ付けた。 この時点で、ロッシのレースでのシナリオは完璧に出来上がっていたと思った。

 いつものように、トップ・グループの様子を見て、途中、試しにトップに出て、逃げられれば逃げ、そうでなければ一度下がって様子を見て、終盤トップに出て逃げ切る。

 ヘイデン、ベイリス、ホプキンス達は速さこそあるものの、レース全般を見れば、最大のライバルは予選5位にも余裕の表情を見せるエドワーズではないだろうか?もしかしたら、ロッシの下を離れ進境著しいメランドリが最後の最後で表彰台を狙ったりして・・・・・。  レースはヘイデンの好スタートで始まる。1周目を終えて、エドワーズはなんと7番手。それに加えて、メランドリがバロスを巻き込んで転倒。嗚呼、これでロッシの楽勝か!

 マイペースのヘイデンをロッシが追う。出遅れたエドワーズは、2周目6位、3周目5位、4周目には3位と、驚異の追い上げでトップの2人を射程に捕らえた。

 この状況で、さあ、ロッシは何時トップに躍り出るのか?

 だが、一向にヘイデンを捉える気配がないどころか、徐々に差は開き、逆にエドワーズに徐々に詰め寄られて来てしまった。 16周目、コーク・スクリュー進入でロッシのインに滑り込むエドワーズ。 プレス・ルームでは、どよめきと大きな歓声が上がった。 ヘイデンは相変わらずのマイペースで、この二人の2秒以上前を快走している。 ロッシは、エドワーズにヘイデンを追わせて、最後に漁夫の利を狙っているのか?

 エドワーズは、ロッシのことより、前を行くヘイデンに照準を合わせたかのように、突き進む。 その差が2秒を切った。飛ばしていたヘイデンのタイアは大丈夫なのか? 遂に、エドワーズがヘイデンを追い詰める時が来たのか?

答えは、「ノー」。

ケニーのいない、その食堂は、少し寂しかったが、
今まさに、筋書きのない新しいドラマが始まろうとしている。
そんな予感が現実になることを期待しながら、
この地方特有の薄暗い朝の霧に包まれた"Grandma's Kitchen"を後に、
サンフランシスコ空港に向かった。
=第2回・完=
戻る